
年の瀬になり今年を振り返ると、本当に様々なことが起きたことが思い返されます。
波乱の幕開けは元旦でした。なんと僕と家内が正月早々お腹を壊し、家内はノロウイルスに感染したことが判明。これが波乱の一年の幕開けでした。
しかし二月には初孫が産まれて、災難も去ったと思ったのですが、翌三月に人生設計を再考せざるを得ない事態が生じました。
正直に言います、それは定年退職という名目のリストラ、不当解雇です。
人生百年時代の今、政府は社会保障費増大の対策の一つとして、高齢者にも働ける限り働くことを求め、その環境を法的な拘束力をもって企業に求めています。
にも関わらず詳細は省きますが、組織の「大人の事情」でしょうか、労働法に違反する形で退職に追い込まれたのです。法廷闘争も可能でしたが、そうやって前職に戻れたとしても居心地がいい訳がありません、いい仕事が出来る訳がありません。
そこで円満退社とは真逆でしたが、前の職場を去りました。
実態は。。。

退職してしばらくの間は、働いている間はなかなか出来ない勉強や時間の過ごし方をしてました。なぜかというと、少し再就職に対して甘い認識をもっていたからです。
年齢の割に深いITの知識、画像映像、音声の編集、データベースの構築にとどまらずハードについても詳しい。さらに営業経験もあり、事務処理もできるとなれば、思い立ったら何かしらの仕事にはつけるだろうと高をくくっていました。

しかしいざ再就職活動をしてみると、なかなか見つからない。
必要とされる能力に合致していると思ってハローワーク経由で確認してもらっても、なかなか面接に至らないのです。
不思議に思ってハローワークの担当者に尋ねてみたら、今は差別回避で募集票には年齢不問とあっても、実際に確認すると年齢制限がかなり多いとのこと。
なるほど、本音と建前。想像以上に高齢者の仕事探しは難かしいという実情を肌で感じた次第でした。
働くを再開。。。だったのですが


そんな数少ない中で見つかったのが、新築マンションの仕様確認の仕事だったのです。
なにしろ趣味の一つがインテリア、それに建築物を見るのも大好きで、まさに再就職での天職!と思いました。
しかし実態は大きく違い完成したマンションでの仕事はなく、建設中のマンションの施工確認でした。建設中なので窓も一部外壁もなく、気温は夏だったので外気と同じで40℃に迫ろうという温度で、しかも安全のため着用しているのは長袖。
この状態で一階から十数階まで階段を何度も往復です。
体力には多少自信がありましたが、今まで経験したことのない発汗と体内にこもった熱で、熱中症一歩手前の危機感すら感じました。
結果その仕事は辞退させてもらいました。
プロに依頼


この十二月から、誰もが知ってるIT系金融機関の系列会社の社員になれた次女。
彼女も就職ではとても苦労した経験があります。
その彼女曰くハローワーク経由で求職している会社は、求人にお金をかけていない会社だから当てにしてはダメで、本気で探すならプロのエージェントに登録するのが一番とのアドバイスをもらいました。
11月から始まり年明けから

そんな次女のアドバイスも参考に地道に求職したら、僕のスキルを活かせる企業と出会うことが出来ました。
履歴書で面接が決まり、三次面接まである中、一次面接が通ると二次面接時に簡単なpcのテストがあり、その後役員面接でした。
その結果採用になったのですが、初めはアルバイトでした。
えっ?と思ったのですが、僕も元会社経営者。漠然と理由がわかりました。
履歴書や面接から僕のITスキルについては理解してもらえたと思いますが、要は信じがたかったのでしょう。
こんな高齢のおじいちゃんが、本当に画像映像音声処理やデザイン、インターネット周りの設定ができるかを確かめたかったのでしょう。
そして11月の間の僕の仕事ぶりを見て、年明けから是非正規に契約して欲しいと、役職者や役員から申し出がありました。
ラスト ミッション

期待されることは喜びです。
多分この勤め先での仕事が、仕事としての僕のラスト ミッションになると思います。
商家に生まれ育った僕は幼い頃から両親の背中を見て育ってきたので、仕事に対する意識が経営感覚で見る癖がついていて、定時から定時までの時間売りということができません。
何らの成果を出す、結果を出す、育成する、士気を上げるということを常に考えてしまうのです。
幸か不幸か新たな職場は、ことITに関してはやるべきこと満載、やりがいありすぎの環境ですが、今までの自分の経験の全てを出し切りたいと思います。
居は気を移す。
新たな年に新たな環境でより良き人生を歩んでいきたいと思います。