僕の一押しの噺家は柳家喬太郎。去年まではほとんど追っ掛け状態でした。
ただ今年はもう一人の推しの春風亭小朝を聴き込んでみようかな、と思ってます。どっちの噺家も名人ですが芸風が違います。
その第一弾が小朝と市馬の二人会です。古典も新作も小朝解釈でより楽しくする小朝と、落語協会の会長で落語家らしい古典落語の名手の市馬はナイスキャストです。
しかも会場が北とぴあのある下町王子。
ならば落語と下町探訪を満喫する一日にしようと計画しました。
始まりは日暮里

山手線の日暮里駅。僕にとって初めて降りる駅です。
観光地浅草とは違う、谷中、根津、千駄木というディープな下町が谷根千としてクローズアップされてから十年弱かな?日暮里はそのターミナル的な位置にあります。
その日暮里でお勧めのランチをリサーチして見つけたのが、寿司たらく。
一番人気は四種丼のようでしたので、それを食べに向かいました。
平日にも関わらず開店10分前には既に開店待ちの人が。
そして開店と同時に満席。もう二巡目の待ち人が待機です。そして驚いたのが壁に貼られたお品書き。
これ縦から見ても横から見ても寿司屋じゃなく居酒屋でしょう!論より証拠、寿司屋なら絶対あるはずのカウンターがありません。全てテーブル席なのです(笑

それでも開店即満席の人気店に期待して、予定通り鮪中落ち、漬け鮪、炙りエンガワ、炙りおサーモンの四種丼を頼みました。
ご飯の大盛り無料に味噌汁おかわり自由という下町サービスで、しかも嬉しい下町プライスの税込1100円^ ^
供された丼は、ネタが皆新鮮で美味しい。
もしかしてここは寿司屋?と思える(笑 ネタの良さで大満足でした。
隣に座ったうら若き乙女、歳の頃は25、6歳。
で、注文は瓶ビールに真鯛のお刺身。お天道様が煌々としている平日のお昼から、鯛の刺身で一杯です。
この光景が当たり前すぎるのでしょう、全く違和感がありません。さすが下町、なるほど日暮里。肩肘張らず、意識高い系と一線を画す超自然体が下町の良さでもあるんですね。
小朝・市馬 二人会


会場の北とぴあは王子駅からすぐの場所にありました。
いくつかあるホールの中の二階のさくらホールが今回の会場でした。
チケット購入に出遅れた僕たちの席は、1300席あるさくらホールの二階席でした。
二階席の最後方の一部を除いて満席。つまり1200人以上を集めたこの二人会。
二人の噺家の人気の高さが伺えます。
前座は柳亭市遼という、多分柳亭市場のお弟子さんでしょう。
経験がない分枕はほとんどありませんでしたが、演目の「真田小僧」ははなかなか良かったです。
期待が持てる新人ですね。
二人目は女流講談師の田辺いちか。彼女がいってましたが近頃地味に講談人気が来てるとのこと。
多分神田伯山の影響が大きいと思います。我が家は夫婦揃って結構講談好きです。
彼女の演目は「カナリアと軍人」
ここからがいいところで、もれなく終わるのが講談の特徴?ですが、今回もそのスタイルで、これからという時に「丁度時間となりました」の決まり文句。
でもとても楽しかったです。
一部のトリが春風亭小朝師匠。真打昇進のごぼう抜き記録をもつ名人は、何しろ枕が面白いい、枕だけで終わってもいいと思えるほど面白い。
ちょっと長めの面白すぎる枕の後に展開された演目は、銀座のバーを舞台にした新作落語の「ある理由」
名人らしい話口調に身のこなしで大笑いであっという間に時間が過ぎてしまいました。

中入り後に出てきたのはタブレット純という芸人。
名前は聞いたことはありますが実物は初めて。その身なりと話ぶりから性別判定不可能で、芸風も摩訶不思議な笑いを誘います。
ギターで歌いながら突然のオチです。
谷村新司の昴を歌い「目を閉じて何も見えずー」歌い終わってから、少しのまを置いて「当たり前です」のオチ。
なんか不思議な生き物を見つけたような喜びがありました。
大トリは柳亭市馬師匠、落語協会会長にして古典落語の名人の演目は、長家に引っ越してきた夫婦の打った釘をめぐる「粗惣の釘」
古典落語の名人も多数いますが、市馬はその頂にいる一人だと思います。
独特のゆったりした口調は安心感を、通る声は心地よさを、局面で変える人物像表現は変化をもたらし、いつの間にか柳亭市馬の世界に引き込まれていきますね。
大笑いして気持ちのデトックスを終えての帰りは、いつも通りの光景の同世代の同窓会状態です。
今回も大笑いさせてもらいました、有難うございます。
東京三代商店街 十条銀座商店街
落語の会場のある王子駅から移動したのが十条駅。この下町商店街が有名なのです。
東京の三代商店街、別名三大銀座は品川区の戸越銀座、江東区の砂町銀座、そしてここ北区の十条銀座です。
十条銀座の特徴は長いアーケード。今日は晴れたましたが、これなら雨の日も楽しく買い物ができますね。

多分三代銀座の特徴は多くの美味しい惣菜屋でしょう。早速見つけた十条メンチ。
僕はコロッケには無反応ですが、それがメンチに変わると話は別。ましてやイカメンチとなると即反応です。
早速イカメンチをゲット。食べてみるとこれが美味い!
いつぞや伊豆で食べたそれより一回り大きく、多分100円ほど安い130円に下町の心意気を感じましたね。

テレビで十条商店街が紹介されると必ず取り上げられるのが鳥大です。
ここの売りが一個10円のチキンボール。今日も十人ぐらいが並んでいました。
人気のチキンボールは一人20個までの制限があるようです。
商店街の中の角打ちは満席。
外では女性が二人真昼間から一杯ひっかっけていました。日暮里と同じ光景は、下町の日常のようです。
晩御飯は40年ぶりの東十条で
晩御飯は東十条でと決めていました。
東十条駅は京浜東北線、十条駅は埼京線にありますが、十条銀座を散策しながらお散歩で東十条まで行くことができます。
東十条商店街にアーケードはありませんが、「臭い」が十条銀座のそれ、下町臭がぷんぷんしていました。

東十条商店街をリサーチすると行列のできる和菓子屋が見つかり行ってきました。
店の名前は草月、どら焼きの名店のようです。都内には三大どら焼きがあり、ここはその一つのようで、全国菓子大博覧会で金賞を受賞したようです。
お土産で持ち帰り食べてみると、ちょっとびっくりの美味しさ!
どら焼きはどこのを食べてもそれなりに美味しく、差別化が難しいのですが、ここのどら焼き、黒松は違いがはっきりわかりました。
まず生地が一般的などら焼きと、ソフトワッフルの中間のような食感で、あんこも上品なのです。
好き好きでしょうが、三大どら焼きの一つの浅草の亀十よりも好きですね。
また食べたくなる美味しさでした、ハイ。
40年ぶりの再会の味

今を去ること四十余年、僕がファッションアパレルの社会人一年生だった頃、直属の上司に早乙女という芸名のような苗字を持つ、実にいい加減な先輩がいました。
その先輩は苗字の響きと真逆の、下町ど真ん中の東十条の生まれ。
東十条に営業先はなかったのですが、仕事中に昼飯は東十条で食べるぞと連れて行かれたのが、東十条のソールフードからし焼きの元祖の店、とん八でした。
カウンターしかないその店は、メニューも一つでからし焼きだけだったと思います。
調理姿が目の前で見れて、まずは豚肉を中華鍋で焼き上げ、それを丼に移します。
その後一人に一丁の豆腐を、肉を焼いた中華鍋に入れ、そこにスープ?水?を入れて、さらに砂糖と醤油を足して煮詰めるのですが、そこに卸金を使って大量のニンニクと生姜を摩り下ろします。
その後この料理名のいわれと思われる一味唐辛子をお玉一杯分を大胆に投入し、ぐつぐつしてきたら、その豆腐と汁を肉の入った丼に流し込み、胡瓜の千切りをトッピングして完成という豪快な、韓国料料理のアレンジのようなものでした。
それを四十年ぶりに食べにきたのです。


店は改装されて小綺麗になっていましたが、カウンターだけのレイアウトは昔のまま。違っていたのは調理場で、今は調理をしている姿が見えない位置になっていました。
入店から待つこと20分ほど、からし焼きが着丼しました。
四十年ぶりに口にした元祖からし焼きの味は、脳天に突き刺さるような刺激がありました。
この味が好きで自宅でも何度か作ってきた僕流のそれとは、味の方向性は一緒でも味のコクと厚みが全然違いました。
その強烈なコクと厚みは、家庭では使わないであろうと思われる大量のニンニクと生姜だけではないようでした。
やはり元祖、家庭では作れない味なのです。だからこそ、食事中何人かが依頼していたテイクアウトがあるのでしょう。
美味しかったです、懐かしかったです。
ご馳走様です、有難うございました。
味、香り、音が連れてくる物語

あの時の味。。。この音は。。。ん?この香りは。。。
音や香りや味が、過去の記憶を鮮明に蘇えさせてくれることがあります。
今回の元祖とん八のからし焼きの味もそれでした。
「目の前で炎の中からし焼きを作ってくれた先代の親父さんの顔」
「額に汗を滲ませてからし焼きを食べていた早乙女さんの横顔」
「お盆を過ぎたばっかりなのに、業界人は先取りとの号令で汗をかきながら長袖秋物を着て営業した時の、ショーウインドーに映った汗だくの自分の姿」
そこから思い出は広がり
「昭和56年と記した伝票と長かった朝礼」
「訂正は必ず自分でやらせた、お局の事務のみどりちゃんの冷徹な視線」
「昼食は会社そばの定食屋で、その後喫茶店でコーヒーにタバコの煙を揺らしていた佐山部長」
四十年前の出来事が走馬灯のように、はっきりと音つき香りつき味つきビジュアルで蘇ります。
遠い遠い日の思い出のワンシーンです。