
土曜の夜のルーチンは21時からアド街ック天国で、その後新美の巨人たちを観ることです。
そして2,3週前だったのかな?新美の巨人たちで引き込まれるような作品を見せられたのです。抽象画のようでそうじゃなく、初めて見たとも思えない、まるでデジャブのようなその作品に強く惹かれました。
作者はGOMAという人でディジュリドゥという世界最古の楽器の演奏者で、その個人展が茨城県の下館美術で開催されてるとのこと。
行くことを即決しました。
お昼はお蕎麦


年度末が近く多くの振替休日を消化しなければということで3月27日金曜日の平日に休みをいただき、美術館に向かう前の腹ごしらえはお蕎麦。
TVで観た美味しそうな十割そばを出す店に、大混雑の休日を回避した平日の開店前15分に並びました。
お陰様で先頭、一番での案内になりました。



店の名はやじろべゑで埼玉の草加にあります。
ここの売りは鴨汁そばと十割そば。蕎麦にはかなりのこだわりがありそうで期待できますね。

ネットで調べると蕎麦以外も天ぷら、煮込みなどの肴系も美味しいとのことだったので、鰻の肝焼きを頼みましたが、これがいい感じの甘辛で美味しかったですね。



待望の桃色鴨せいろです。
ここのそばの定番は二八蕎麦ですが、現在も進行中の小麦真理教の家内のため、また自分も大好きだったので、そばを十割に変えてもらい、更に僕の分は大盛りにしてもらいました。
十割そばは殻ごと轢かれてる田舎蕎麦の太め。
そばの太めは喉越しが楽しめないので、あまり好きじゃないのですが、ここの蕎麦はそこまで太くなく、噛みごたえがそこそこで、蕎麦の風味がよく感じられて美味しかったです。
そして特筆すべきは鴨汁。まずは別皿でレアの火入れの鴨が、付け合わせの醤油で軽く味付けされたネギの上に乗っていて、これが美味い。
それとは別に温かいい漬け汁の中に、汁に鴨の脂を移すための鴨肉ががっちり入っていて、ネギ、三つ葉、柚子がトッピングされた鴨汁は味も風味も最高でした。
この漬け汁で食べる蕎麦は、久々に大当たりでした。
伊豆の柳沢慎吾お勧めの行列のできる蕎麦屋よりも、筑波山麓で店主がピッタリついて作ってくれる鴨汁そばのフルコースの蕎麦よりも、ここやじろべゑの桃色鴨せいろの方が美味しい。
更にさらに、蕎麦油がとろっとろでとっても美味しい。思わずおかわりをしちゃいました。
いい店を見つけました、再訪必至です。
ご馳走様でした、有難うございました。
駐車場が満車!道の駅常総

下館美術館に向かう途中の道の駅の駐車場が満車なのが見えました。
好奇心旺盛な老夫婦は、こういった場合いとも簡単に即予定変更で立ち寄りです!
ところが恐ろしいほどの満車状態で他にも駐車場の空きを虎視眈々と狙う車が多数。
こうなると運の強さが確かめられてる気がしますが、そこは信仰心の強い僕(笑
二回目の争奪戦で幸運に恵まれました ^ ^


ウィークデーにこの混雑は何?と道の駅のスタッフに満車状況の原因、何かに並んでる多くの人々の理由を聞いてみると、なんとメロンパン。
メロンパンの焼き上がり時間が表示されていて、その販売を待つ大行列とのこと。
でも、メロンパンといえば僕たちの定番の海老名サービスエリアがギネス記録を持っていたのですが、調べてみたら2024年5月に道の駅常総が抜き去ったようで、それが原因だったようです。
それにしても凄い人気ですね。


ここは出来立てに並ぶ傾向があるのかな、今度は黄金極細けんぴに最後尾の看板があり、人が行列を作っていました。


茨城はさつまいもが有名でメロンは生産量日本一らしく、その素材に特化した名物があるようです。



僕達は玉子の専門店のブランド玉子の天てり玉子で作る「あふれるクリームシュー」を手に入れて、外で食べました。
重みもあり硬さすら感じる、濃厚な玉子の味のクリームがとっても美味しかったです。

道の駅常総の横にはTSUTAYA BOOKSTOREがあり、スタバがあったのでコーヒーを手に入れて、日向ぼっこしながら二人でまったりタイムを過ごしました。
GOMA展



会場の下館美術館の一階はGOMAの作品レプリカやTシャツなどの小物が販売されていました。
スケルトンのエレベーターで三階に移動した先にGOMA展会場がありました。


シンプルだけど何故か惹かれる、視覚を通じて感性のその下にある何かに響くものを感じます。




最初に出迎えてくれたのは一片が3m以上ありそうな大きな作品で、光の曼荼羅。
思わず立ち止まらせて、しかもかなり長い時間ずっと観続けてしまう、その力はどこからくるのか。。。
初めて見るのに初めてじゃない気がする。でも、過去にどこかで観たかといえばそうじゃない。この感覚はなんだろう。。。

同じ作品が白でもありましたが、白は写真では表情が見えなかったので黒だけを載せます。
黒も白も共に金の粉が適度に散りばめられていて、視線をずらすとそれらが煌めいて不思議な感覚に陥ります。
ただ不思議なことにこの絵も初めて観た気がしないのです。。。


二つの作品は並べて展示されていましたが、正円の作品のあと歪んだ円の作品を観ると、正円がゆっくりと歪んだ円に変化した感じがし逆も可成り。
つまりこの二つの絵で交互に呼吸をしているような、まるで動いているような、生命を宿しているような感覚に陥るのです。


この二つの作品も、動いているように感じるのです。



天井にディスプレーされたドレープ風の作品の影響で、この展示ブース全体が一つの作品でした。
今までに訪れたどの美術館でも感じたことのない感覚に陥りました。


このカラフルでわかりやすい作品は、初期のもののようです。



本来の仕事のジィジュリドゥという楽器も展示されていました。
見るのは初めて、というかその楽器の名前も美の巨人達で初めて耳にしました。


初期の作品も経年と共にデザインはシンメトリーに、カラーはソリッドグラデーションになってきています。


ここでGOMAブルー(これは僕が勝手に命名^ ^;;)での点描にあったようです。
凄いのは下書きなしで点描で、その点と点の間のどれひとつとっても引っ付いていない、1mm、いやそれ以下かもしれないクリアランスがちゃんとあることです。
それと下書きがないのに正円になっていることと、グラデーションがすごく自然なこと。
正に神業です。

初期の作品ブースは曼荼羅やGOMAブルーのあるブースとはだいぶ違う印象を受けます。
よくいえば幅がある、シビアな表現だとブレがある。
でも曼荼羅やGOMAブルーのあるブースは迷いがなく、作品が感性の底にある生命、宇宙のようなものに訴えてくる感じを受けます。

ここは動画のブースで、床に並んでるのは作品をモチーフにしたヨガマットです。
家内はこのヨガマットに座り込んで、僕は椅子に座ってGOMAのモチーフを使ったイメージ動画とディジュリドゥのBGMの異次元の世界に数十分身を委ねていました。
点が小さい円になり、シームレスでどんどん大きくなりスクリーンの外に消えていく様は、まるで時間の流れを見ているようでしたが、実は一枚の二次元のスクリーンの上で展開された映像。
現在物理学では時間が流れない、時間はないというのがほぼ定説になっていますが、その意味は、もしかしたら時間はこのスクリーンで展開されてる映像のようなものかもと思いました。
僕のブログのタイトルは「この世は仮想現実 創遊感自」です。
この美術の個展を見て現実とはと考えさせられました。
生命、宇宙、時間、現実の本質の入り口のをぼんやりと見せられたような気がします。


美術鑑賞をして量子力学と、この世の、宇宙の本質について考えさせられました。
秀逸な建築物の下館美術館


自分の感性のテーマが「濃い透明感」
そこからのガラス好きのアクセサレータがかかった評価の部分も否定しませんが、ここ下館美術館は建築物としても秀逸でした。


全面ガラス張り、包み隠すことが何もない、しかしガラスで区切られた空間の渡り廊下はとても魅力的で、渡り廊下の双方の端にあるコンクリートの壁は、本実(ほんざね)仕様で、コンクリートに板目が浮き上がってました。



パティオ(中庭)を持つこの建物は、多分太陽光にゆっくり反応するであろう、素敵なオブジェクトがありました。
GOMAというアーティスト

ネットの紹介文にはこうあります。
「ディジュリドゥを演奏する音楽家であり画家。
1998年にオーストラリア・アーネムランドで開催されたバルンガ・ディジュリドゥ・コンペティションで準優勝。以降、国内外の音楽フェスティバルで活動。
2009年の交通事故で脳外傷を負い、高次脳機能障害の後遺症が残るが、その後、突如として緻密な点描画を描き始め、後天性サヴァン症候群と診断される。」
僕は後天性サヴァン症候群という症状に関心を持ち調べてみると、なんらの理由で脳の一部に損傷が生じた際に、それまで有していなかった才能、特に数学と芸術に特殊な才能が開花する症状のようです。
GOMAは美の巨人でも言ってましたが、これは抽象画ではなく風景画だと。交通事故の後遺症で意識が遠くなってくると見える景色を表現していると。
また会場の紹介ビデオでは、線や塗りで表現しようとしたこともあったが、それではダメで点でなければ、見た景色が、映像が表現できなかったと。
理由は最後に話しますが、なんとも示唆的な話だと思いまました。
本当に残念だったのは、十分にGOMAワールドを堪能して静かな感動の中出口に向かうと、四名の人が立ち話をしていました。
ふとその人たちをみると、真ん中にGOMA本人が!!
ええ〜っ!千載一遇のチャンス!色々話を聞きたいことはあるけど、それでは取材になるので無理と思い、せめて一緒に写真でもと思い、ずっとGOMAの視界の中にいてチャンスを待っていたのです。
しかし、GOMAの連れなのか、スタッフなのか、僕達の存在を無視してそのまま個展会場のあるエレベーターの方にGOMAを誘って歩いて行ってしまいました > <
残念無念。
晩御飯は銀座おのでら境町店



晩御飯は高級寿司店 銀座おのでらの回転寿司部門の境店と決めてましいた。
何しろ銀座の店はいつでも予約がかなり厳しい状態なので。
おのでらグループは、日本一のマグロ卸のやま幸もメンバーであり、2025年の新春恒例のマグロ初競りで、青森・大間産クロマグロ(276kg)を最高値の2億700万円で落札した超有名店です。
寿司のおのでらは高級な鮨部門と、そこより敷居の低い回転鮨部門があり、境町店はその回転鮨部門の店です。
ちなみに回転鮨の店は他に、銀座、大阪、ハワイ、ヒューストンにあります。
北陸では納得のお寿司に出えなかったので、リベンジを含めて期待大です!


注文はディナー限定の、おのでら「極」10貫です。
入店時から気になっていたのは17時という早めの入店とはいえ、先客が誰もいなく閑散としていたこと。。。

供されたお寿司がこれですが、あろうことか職人が笑いながら玉を乗せるのを忘れてましたと別皿で提供。
多忙ならそういうこともあるでしょう。でも、お客は僕達二人ですよ。
正直握られた寿司の姿、見た目が美しくない。
実際寿司もメニューには大トロとありますが、大トロじゃない。中トロ部分に隠し包丁を入れたもの。
他も推してしるべし。そもそもシャリがものによって握りすぎで、口の中で解けないものもあり。
唖然としました。

これがあの名店おのでら?
職人はネタの出し忘れ。握りはスシローの方がまし?と思える均一性のなさ。
誰もいない店内には暇な従業員の雑談が響き、こうなると一般の回転寿司以下。
えらい目にあい、空いた口が塞がらない状態でした。
後で確認したら、僕と同じ体験をした人がいました。
Googleの口コミ
まぁ本気で食べたら一人一万円は超えると思うけど 「うまっ❕」と声が出るような事も無く ホール担当店員さん達の永遠に続くお喋りをBGMに長居は無用❕ 満腹前に退散しました ただ価格帯から客層は落ち着いているので利用目的によっては使えるかもしれませんね
※尚、AIによる"オーナー返信"は不要です
この人は優しいですね、星三つですが、僕なら星ひとつです。
今年は寿司の不当たりが続いています。

我が家は馬鹿の一つ覚えのように注文は毎回超特選にぎり一択です。
ここの寿司は何を食べてもネタの味がストレートに感じられて、思わず「美味しい!」となるのです。
すっごく美登利寿司に行きたくなりました(笑
ソールフード 煮烏賊


筑西市や境町では海から遠いのに煮た烏賊が有名なのを知っていて、一度食べてみたいと思っていました。
そしたらその煮烏賊を販売している店を発見!早速手に入れて帰路につきました。
インパクトを持たせるために食紅で煮た煮烏賊は、大きさによって値段が違っていたのですが、これは1200円なり。
自宅で食べてみたら結構塩っぱい > <
やたらお茶を飲んじゃいました(笑
森羅万象 この世は量子 量子は粒

僕は三十代後半の頃、一時テーラワーダ仏教に関心をもち、その伝道師であるスマナサーラ長老の講和を何度か拝聴したことがあります。
その中で忘れられない話があります。
それはテーラワーダ仏教の信者の数万人に一人ぐらいは、モノの見え方が普通の人と大きく違う信者がいるという話です。
ではどう見えるかというと、目に映る全てのものが点の集まりで見えるというのです。

そして映画マトリックス。
この映画のセリフやシーンも忘れがたいものがありますが、セリフのそれは
「考えてもみろ。我々は視覚から入った情報を脳で処理して、それを現実と呼んでいるだけだろう」
そして忘れられないシーンが、映画の最後で東洋思想を学んだネオが、何かの拍子にそれまでの映像が、全てデジタルの数字の粒の集まりになって見えたシーンです。
そのシーンを見た時に、スマナサーラ長老の言葉「目に映る全てのものが点の集まりで見える」が蘇り、戦慄を覚えました。

世の中の全てを構成している最小単位は量子という粒であることは、現代では自明の理です。
そしてその量子は実は紐が振動しいるんじゃないかというヒモ理論、さらには超弦理論が大勢です。
そしてもうひとつは、この世の構成最単位が量子であることに異は挟まないが、超弦理論の10次元ほど複雑ではなく、空間自体も量子であるという量子ループ重力理論もあります。
GOMAはサバン症候群になって、自分以外の本質的な「何か」と繋がったのではないでしょうか。そして森羅万象の本質的な単位の粒で絵を描くようになったのではないでしょうか。
過去にも本質的な「何か」とつながって人智を超えた才能を発揮した人はいます。
例えばモーツアルト。
彼はかなりの変人だったのですが、依頼された作曲についていつまでも作品に手をつけず、依頼者から請求されると全部頭の中に入っているといい、実際数日で書かれた曲の譜面には、手直しした箇所が一箇所もなく、その全てが後世に残る名曲なのです。
手直しだらけで楽譜が真っ黒だったベートーベンとは大違いで、まるでモーツアルト以外の「何か」が作った曲を、たまたまモーツアルトの手で五線譜にされたもののような感じを受けます。
現にモーツアルトの曲を初めて耳にしたアインシュタインの感想は、これはそもそも宇宙に存在した調べで、初めて聴いた気がしないと言ったとされてます。
人間は脳の3%しか使っていなく、4%使っているのが天才と言われています。
裏を返すと96、7%の脳は使われていないのです。
サバン症候群はこの96、7%の脳のどこか、「何か」と繋がるどこかが動き出しすのではないかと感じます。
この「何か」とつながった人には、無意識の中でこの世は仮想現実であることを確信するのではないかとも思えます。
この世は仮想現実、それは僕のブログのタイトルでもあります。
僕の一押しの噺家は柳家喬太郎。去年まではほとんど追っ掛け状態でした。
山手線の日暮里駅。僕にとって初めて降りる駅です。
平日にも関わらず開店10分前には既に開店待ちの人が。
それでも開店即満席の人気店に期待して、予定通り鮪中落ち、漬け鮪、炙りエンガワ、炙りおサーモンの四種丼を頼みました。
隣に座ったうら若き乙女、歳の頃は25、6歳。

会場の北とぴあは王子駅からすぐの場所にありました。
チケット購入に出遅れた僕たちの席は、1300席あるさくらホールの二階席でした。
前座は柳亭市遼という、多分柳亭市場のお弟子さんでしょう。
二人目は女流講談師の田辺いちか。彼女がいってましたが近頃地味に講談人気が来てるとのこと。
一部のトリが春風亭小朝師匠。真打昇進のごぼう抜き記録をもつ名人は、何しろ枕が面白いい、枕だけで終わってもいいと思えるほど面白い。
大トリは柳亭市馬師匠、落語協会会長にして古典落語の名人の演目は、長家に引っ越してきた夫婦の打った釘をめぐる「粗惣の釘」
大笑いして気持ちのデトックスを終えての帰りは、いつも通りの光景の同世代の同窓会状態です。
落語の会場のある王子駅から移動したのが十条駅。この下町商店街が有名なのです。
多分三代銀座の特徴は多くの美味しい惣菜屋でしょう。早速見つけた十条メンチ。
テレビで十条商店街が紹介されると必ず取り上げられるのが鳥大です。
商店街の中の角打ちは満席。
晩御飯は東十条でと決めていました。
東十条商店街をリサーチすると行列のできる和菓子屋が見つかり行ってきました。


店は改装されて小綺麗になっていましたが、カウンターだけのレイアウトは昔のまま。違っていたのは調理場で、今は調理をしている姿が見えない位置になっていました。




例年よりも開花が早いといってましたが、まだまだ咲き始めでしたね。
今回はボランティアのガイドさんが付いてきてくれて、色々と説明を受けながらの観梅でした。

ガイドさんのお勧めは園内にある好文亭。
2019年の来園時には黄門さまと水戸の梅娘だけを写真にしましたが、今回はガイドさんのご厚意?で、僕たちも一緒に写真に納まることが出来ました。
懇切丁寧に説明してくれたガイドさんと直ちゃんの記念写真です。
ガイドさんお勧めの好文亭です。

桃の間から始まった各部屋の襖には、とても美しい季節ごとの草木が描かれていて、見ごたえ十分でした。
ライトアップされていた紅葉の間は、金箔と相まって荘厳な感じすらありましたね。

大好きな竹に、偕楽園の代名詞の梅、そして日本の春を織りなす桜と、時間があればもっとじっくり見ていたい、そんな素敵な襖絵でした。
遠くに千波湖を臨みながらの偕楽園も趣がありますね。

澄み渡る早春の青空と咲き始めの梅の花。
千波湖のほとりに建つ水戸光圀公の銅像に別れを告げて、ランチに向かいました。
家内は結婚当初から辛いものが苦手で、ネギや玉ねぎすらあまり口にしなかったのですが、かれこれ40年近く一緒に生活していると、味の嗜好にも変化が起きるんですね。
8種類の野菜のカレー?トッピング?とカツオとタコのカレーが本日のメニュー。
ここが自宅の近くにあったら、どんなに良かったんだろう。。。
この佇まい、空気感、景色がとにかく好きなのです。
僕の記憶が確かならば、珈琲の





今回は失敗は許されない(笑
























きんじゃえもんは、お子様ランチプレートをガッツリ食べ進みます。











PS



今回のメインの宿選びには腐心しました。何しろ一泊5万円前後なので失敗はしたくない。
さっそく大浴場で温泉を楽しませていただいたのですが、これが失礼ながら予想以上にいい。
今回のまいもん紀行のメイン、いよいよ待望の越前蟹のフルコースです。

最初は前菜三種盛り合わせ。そのあとお造りが出てきました。
いよいよ始まった蟹のフルコースは、カニ刺しから始まりました。


仲居さんが教えてくれましたが、この黄色のタグが三国漁港で上がった越前ガニの証で、そのタグを見ると漁をした船までわかるそうです。
そして醍醐味は釜茹での越前蟹。この大きさなかなかのもので600gぐらいなそうです。
蟹味噌は温かいうちが一番おいしいからどうぞ!の声に家内がにっこり。家内は蟹味噌大好きで、逆に僕は苦手、というか好んで食べないので、僕分まで最愛の直ちゃんにあげちゃいました。

蟹を食べるといつも無言(笑
次は蟹のしゃぶしゃぶ。

最後は蟹しゃぶの足以外の身や、しゃぶしゃぶになりきらなかった脚の身をほぐした締めの蟹雑炊でした。

朝食は極めて一般的なものでした。ただ西に来たんだな~と感じたのが、東の国では当たり前の納豆がなかったこと。地域性ですね。

越前蟹は


たけ庄からバス、新幹線を乗り継いで金沢まで来ました。目的は刺身、寿司で食べた醤油が美味しかったので地元の直源のお醤油を手に入れること。それとあれば
人生三度目の富山です。
金沢といえばのどぐろ、福井といえば越前ガニ、富山といえば白エビ。
ただ、これは
で、今回の教訓。



最上階から階下を眺めるアングルがベストでしょう。
富山ガラス美術館は空間の切り取り方が斬新な建築物でしたね。


フラットな椅子や飾りのルーバーも、厚手の木材の端から中央にかけて削って一見すごく薄く見えるようにするなど、効果を狙うための目に見えない作業に、建築家のこだわりを感じました。


常設展示場は6階がグラス・アート・ガーデンで、4階が

メニューを見てストレート系が皆無だったので疑問を抱いたのですが、ダッチ珈琲はあるし、一風変わった



金沢でのそれが期待に沿ったものではなかったので、勢い富山の寿司には期待が膨らみました。
カウンターだけの合計8席の店は、並、上、特上のメニューにのみ金額が表示されてましたが、それ以外はホワイトボードに金額なしのお品書きだけです。
別皿で供されたガリは、一貫毎に口直しをしてくださいとの意味で、高級店ではよくありますね。



一握りずつ出されるお寿司は合計で12貫。
二泊三日で石川、福井、富山の北陸三県をまわり、各々の特産グルメののどぐろ、越前蟹、白エビを心行くまで堪能した贅沢な旅でした。

今までは

金沢でのお目当ては、何をさしおいてものどぐろ。
のどぐろは生のお刺身か、焼きか、はたまた釜めしかで悩みましたが、焼きは夜予約している寿司屋のメニューにあったので、ここは上品なのどぐろの脂を楽しみたいと、お刺身と焼きのほぐし身のハーフ&ハーフの人気No1の丼を注文しました。
刺身は確かに脂がのっていて、しかもそれが上質でしつこくなく、なるほどと感じるものでした。
荷物をホテルに預けて、冬の金沢観光に出かけました。
幸いにして
こんな遊び心のあるものもありました。





雪吊りで風情溢れる冬の




なんだこりゃっ??の一歩手前で、なんとな~~く、わかる、感じる、そんなアートが多いこの美術館というのが僕の見解です。

作品以外に建物自体や、置かれてる家具インテリアもポップ過ぎない感じが、僕の感性と同期します。
金沢の夜のまいもんに選んだのは香りん寿司。回転ずしで行列をつくるまいもん寿司ももちろん知ってましたが、この香りん寿司、



その後入ってきたのも外国人。次に来た
金沢で食べたかったものがのどぐろ以外にもう一つ。それが金沢おでんです。
やや残念だった寿司屋を後にタクシーで乗り付けた店は、おい、居酒屋かい!という風体。
初めに供されたのが金沢らしい赤巻きと車麩。それと家内が大根に僕が竹輪。
少し遅れて出てきた香箱蟹のおでん。
チェックインで初めて思い出したのですが、僕がセレクトしたコースには金箔バニラアイスがついていました、忘れてました(笑
そしたらチェックインを担当してくれた女性が近寄ってきて、午後は
ホテルから歩いて10分ぐらいの近江町市場にある人気店、山さん寿司本店でブランチです。
予約を入れておいたのですんなり入れましたが、10時の段階でも結構なお客さんで、お昼になると行列必至というのがわかります。
市場っていいですね、活気があって。
金沢から
駅には恐竜のオブジェも。福井は恐竜で有名なんですよね。
仕事では必ず裏どりをしてから判断するAIの答えですが、だめですねプライベートだと。


待つこと45分で美味しそうな温泉卵が出来ました。
ブランチにした理由がこれ、
それと
過去の三国の、カニ食べに行こう~(




