ご縁に感謝

 

 

 

ご縁に感謝

経営の勉強をしていると必ず通過するのが技術論以外の「人としての生き方」

二十代後半から数多くの経営勉強会、セミナー、書物、そして多くの先輩たちから学ぶこと多き人生でした。

 

そんな中でも生き方について沢山の感銘を受けた考え方や言葉があります。

その中の一つに「人生は人、物、事との出会いの連続。それがご縁」という言葉があります。

 

 

 

時代が常識を変えていく

西暦2000年以前までは、人とのつながりとはFace to Face、つまりリアルでオンリーでした。

ところが僕がITの会社を立ち上げた2000年頃、インターネットでソーシャル・ネットワーキング・サービスSNS)なるものが出現しました。

 

当時の記憶を振り返ると一番初めにこのサービスを大々的にリリースしたのはYahoo!でサービス名はヤフー・グループとかそんな名称だったように思います。

 

このSNSはいってみれば会員制の掲示板みたいなものとしか思えなかった僕は、システム自体の開発はそれほど難しくなかったこのSNSサービスに大した魅力を感じることがなく会社として取り組むことをしませんでした。

 

しかしその後、日本でのmixiの大躍進を切っ掛けに海外、おおよそアメリカですが数多くのSNSが日本でのサービスを開始し今に至ります。

 

現在SNSは2000年当初のイメージをはるかに超えて、映像、画像、音声、テキストなど個人が発信したものに他者が応答できるものは全てその範疇となった感があります。

 

このSNSの発展が、長い人類史上初めて「バーチャルでの繋がり」という仮想現実での世界というもう一つの社会を作り上げました。

 

 

 

バーチャル社会ならではの特徴

リアルでの繋がりは実際に会って相手との親交、信頼を深めていきます。

ともに時間を共有することでしぐさ、心遣い、ニュアンス、表情から言葉だけからでは見えにくい、その人となりを知ることが出来ます。

 

しかしバーチャルでの判断材料はリッチコンテンツ、つまり相手が発信するテキスト、画像、映像、音声に限られ、そこから仕ぐさや咄嗟の心遣いなどは判断できません。しかもこれらはほんの少しの知識で加筆修正が可能です。

 

結果私たちは相手が発信するリッチコンテンツのみで相手像をイメージするわけです。

 

この状態はマスカレード、そう仮面舞踏会に近いような気がします。

相手の素顔が見えない状態で繋がっているわけです。

 

 

 

人となりはリアルもバーチャルも一緒

でもリッチコンテンツのやり取りからでも人となりがわかってきますね。

往々にして巧言令色鮮なし仁‥

 

表情が見えなくても文字が伝える人間性‥表現の場が変わっても生き様や質は変えようがなく滲み出るということでしょう。

 

バーチャルは仮面舞踏会と云いましたがだからこその利点も、それは即刻退場できるということです。

リアルでは会いたくなくても会わなければいけなかったりの局面もありますがバーチャルはそれがない。

 

一面ではだからこその過激な発言や捏造も起きちゃうんですけどね。

 

 

 

非公開か‥公開か

今までmixiを始め、facebookyoutubetwitterinstagramと云ったメジャーなSNSに、ペコリ、simplogroomclippinterestと云ったカテゴライズされたSNSや次世代SNSというものにもアカウントを持ってきました。

 

ただそれはITを仕事としている時の、いわばシステムやサービスの研究対象であったりが多くプライベートにSNSを利用したのは多分ペコリが初めてだったと思います。

 

そこで「自分の手料理アルバム」としてのペコリの機能の利便性と、そこに集う人たちとの繋がりに今まで感じたことのない愉しさを見つけました。

 

ただここでバーチャルだからこそSNSだからこそ起きる実に不快な思いも体験させられました。

 

君子危うきに近寄らず‥

君子とは程遠い僕ですが不毛な争いごとを好まない質なのでSNSから身を引くことにしました。

 

しかしその後も執拗に相手から、twitterでのつぶやきに対して僕のネット内動向は全て見張っていると思わせるような発言を僕のペコリ部屋に書き残されたり、Instagramでは僕の友人のペコリの部屋に僕の行動はお見通しと言わんばかりの嫌味発言を残されました。

 

他にも似たようなやり口での発言が見受けられたので、twitterInstagramは全て非公開にしました。

 

 

自分史としてのブログ

このブログは前回始めた「思い出玉手箱」から一歩進めた「自分史」と意識して続けています。

 

いずれ来る人生の終焉。

その時に娘達に、もしかしたら彼女達の知らなかった父の一面を伝えるため。

ともに歩んできた家内に、共有した時間を永遠の思い出とするため。

 

だから大切にしたい、公開することなく危うきに近ずかず‥

 

 

 

でも‥

繋がるとは双方向での情報共有。

今でも危きに近づかないように気をくばりながらDMを使って繋がってりるネット内の友人達。

結局僕は友人達のSNSやブログの投稿を見て、それに対してDMで話をしてる。

相手は僕の今がほとんどわからない一方行に近い状態です。

 

やっぱり不自然>_<

 

 

 

バーチャルでも「人生はご縁」

僕がペコリで幽霊会員になり、twitterを非公開にし、Instagramも非公開にして投稿すらしないで放置状態になっていても、何かのDMを使って直接話しかけてきてくれたバーチャルフレンドや僕が話しかけたバーチャルフレンドは、やっぱり「良縁の友」^ ^

 

相手のブログやTwitterInstagramの投稿を見て相手の近況を知ることはできても、僕のそれを知らいなのは不自然だし僕も寂しい。

だからこの自分史も「良縁のバーチャルフレンド」には公開したいと思います。

 

 

 

まだまだ引越の最中ですが

去年から手をつけ出した自分史としてのブログの集約。

正直過去のブログについてはまだまだ引っ越しが終わっていません、というか最中です>_<

 

でもそれは僕がお声掛けする「良縁のバーチャルフレンド」の皆さんは多分過去の公開ブログ時に読んでくれてるもの‥

 

そこで僕の誕生日が過ぎたらアドレスとPWをお伝えしようと思います。

 

 

お互いに各々の価値観に沿った個性あふれる素敵な人生を送りたいから。

良縁のバーチャルフレンドの今を見て、何かを感じて、より良い人生を送る何かのキッカケにしたいから。

それをブログやTwitterInstagramを通して「思いの共有」ができたら素敵です。

 

仮想世界でご縁を持った皆さん、どうぞこれからも末長くよろしくお願いします^ ^