令和五年の法事

 

昨年は母二十七回忌、父十七回忌の大切な法要だったので準備万端にことを進めていたのですが、今思えばとてもつまらないことが原因で執り行うことを諦めた経緯があります。

そんなことで今年は昨年のこともあり、自宅で僕が読経することで亡き父母を姉の追善供養をすることにしました。

 

 

 

法要

土日並びに盆暮れの休暇以外、毎朝欠かさず出勤前のお勤めで行っている読経ですが、やはり娘たちと義理の息子が揃った中で行う読経は、緊張感と気合が違ってきます。

木魚をたたく腕にもいつもよりも力が入り、勢いポンポンという音も一段と大きくなります。

 

 

 

 

 

偲ぶ会

コロナは多くのことに多大な影響を与え、今までの常識や慣習を大きく変更せざるをなくなりました。また世界情勢や経済、働き方などに多大な影響を与えました。

すべての業種業界がその影響下の中で業態変更、規模変更や廃業を余儀なくされました。

品川から今の場所に引っ越してから十年以上、何かの節にはお世話になっていた御贔屓の料亭が廃業したのは、コロナが世界に蔓延して世界、いや人類の問題になったその年の夏でした。

そこは毎年の法要の後の偲ぶ会の会場であり、長女の婚約の際の家族の顔合わせでも使わせていただいた思い出の場所でもありました。

その後、毎年続く偲ぶ会の会場探しを主な目的として、自宅から近く座敷や個室でプライベートが保たれる、腕のいい割烹や料亭を探して、落ち着いたのがこの割烹です。

 

 

 

 

我が家は長女が僕と同じハイパーラテン系のオープンマインド。次女は家内に似て少しだけ天然系?!(笑)

ラテン系には釣り合いのとれるように、天然?落ち着き?のあるパートナーに恵まれるようで、長女の旦那、義理の息子もおっとりタイプですね。

 

 

 

 

法事のあとの偲ぶ会での挨拶は、グラスをあてずに静かに「いただきます」

 

 

 

 

座附(ざつき)とは、座席に着いてから真っ先につけるのでこの名前がついたそうです。一般的な会席料理の先付けにあたるものでしょうか。

日本茶豆腐でしたが、日本茶のお豆腐は初めて口にしましたが、当たり前ですがそのお茶さ加減に驚かされました。

 

 

 

 

お献立では前菜と記されていましたが、八寸ですね。

釜揚げ蛍烏賊しらす卸し、抹茶養老寄せ、花豆蜜煮、バルサミコ卵、新玉葱ムースに酢取り茗荷です。

 

 

 

 

お椀は清汁仕立てで九十九里産地蛤に山菜真丈で、とても上品で美味しい椀ものでした。

 

 

 

 

お造りです。

鰆、鮪、ズワイガニに牡丹海老で、どれも新鮮で美味しかったですね。

 

 

 

 

進肴(すすめざかな)として供されたのは、海鮮包み蒸しでした。

実はこの具材を包むためのフィルムですが我が家にもあり、もう5年以上前のホームパーティーのセカンドペッシェで使ったのを思い出しました。

海鮮の旨みと新玉ねぎの甘みが合わさって美味しかったです。

 

 

 

 

中皿は山形和牛陶板焼きでした。

岩塩、柚子胡椒とタレが出されましたが、美味しいお肉は塩に限ります。結構サシがあるものの決してくどくない脂で、柔らかい赤身の美味しさが口に広がりました。

 

 

 

 

強肴(しいざかな)は米茄子揚げ出しを明太子餡掛けでいただきました。上に乗ってるのは削った蒲鉾でした、珍しいですね。

これも美味しかったですね。

 

 

 

 

食事は蕗の薹味噌の炊き込みご飯で、留椀は赤出汁、そして香の物です。

蕗の薹のかすかな苦味が、また春らしく良かったですね。

 

 

 

 

水菓子は塩シャーベット、羊羹、ガトーショコラとフルーツの盛り合わせでした。

 

 

 

 

最後に供されたのは抹茶。

僕も家内も長女も抹茶味は嫌いですが抹茶は好きです。

母が茶道をしていたこともあり、自宅でも何度か茶道の作法で茶湯を楽しんだことがあることも影響しているかもしれません。

 

 

 

 

人間は元来一人で生まれて一人で死んでいくものであるという田山花袋の名言に、強い仏教思想をかんじます。

だからこその「今 ここ 私」

それをさらに一歩進めて人と繋がる、絆の大切さ。

そして絆の最も身近で一番大切なのが家族です。

 

仲良きことは美しきことかな 武者小路実篤

いつまでもいつまでも仲のいい家族でいたいものです。それが最高のご先祖様への追善供養でもありますから。